人類の宇宙・時間観の歴史を俯瞰すれば、それは「認識の境界」を拡張し続ける営みであったと言える。原始的な狩猟採集社会において時間は季節や天体の「循環」の中にあり、宇宙は神話的な物語の舞台であった 。その後、ニュートンによる「絶対空間・絶対時間」という機械論的宇宙観を経て、アインシュタインの相対性理論により、宇宙は時空がダイナミックに歪む「相対的な進化体」へと定義し直された 。
現代宇宙論は今、かつてない精密な観測データを得る一方で、その解釈が既存の理論の閾値を超えようとする「未知」の領域に直面している。我々が今、宇宙の「無限性」の問題を再定義しなければならないのは、単なる形而上学的な興味からではない。最新の観測が、物理的な「端」を捉える試みにおいて、皮肉にも我々の理性が到達し得る論理的な「限界」を浮き彫りにし始めたからである。観測データの蓄積が理論の再構築を迫る中で、我々は物理的な「端」ではなく、論理的な「限界」に突き当たる。
JWSTによる「Mirage or Miracle(MoM)」プログラムが、ろくぶんぎ座のCOSMOSフィールドで捉えた「MoM-z14」は、それまでの最遠記録保持者であった「JADES-GS-z14-0」(z≈14.32)を塗り替える画期的な発見である。赤方偏移 z=14.44 とは、宇宙膨張というメトリクス(時空の尺度)自体の伸長により、光の波長が元の15倍以上に引き伸ばされたことを意味する。
MoM-z14が我々に突きつける衝撃は、その距離以上に、その「物理的性質」にある。
観測が過去に遡るほど、我々は「138億年前」という時間的限界と、その先にある存在論的な問いに直面せざるを得ない。この時間的地平線は、後に述べる空間的地平線と鏡合わせのように、我々の認識の限界を規定しているのである。
宇宙が「無限」であるか、あるいは「有限」であるかという問いに対し、科学が決定的な回答を留保し続けているのは、そこに「悪魔の証明(非存在の証明)」という論理的障壁が横たわっているからである。
無限の定義が「限界(境界)がないこと」である以上、それを実証するためには宇宙の全域、すなわち無限の距離を走査し、どこにも境界が存在しないことを確認しなければならない。しかし、有限の存在である人類にとって、無限を網羅する観測は原理的に不可能である。ここで重要になるのは、「証拠の不在は不在の証拠ではない(Absence of evidence is not evidence of absence)」という認識論的な慎重さである。境界が見つからないことは、直ちに宇宙が無限であることを意味しない。
この構造は、法制度における「無罪」と「有罪の不成立」の関係に酷似している。
科学が「確認し得ない性質」に対してとるべき態度は「認識論的な謙虚さ(Epistemological Modesty)」である。存在の証明(境界の発見)は一例の観測で完結するが、非存在の証明(無限の確認)は全領域の網羅を要求される。この非対称性が、無限性を実証の対象から思索の対象へと押しやっている。無限性は数学的には定義可能だが、物理的には「確認し得ない性質」として理性を翻弄する。
「宇宙が有限であれば、必ずどこかに崖のような『端(境界)』があるはずだ」という素朴な直観は、ユークリッド幾何学的な先入観が生んだ誤謬である。現代宇宙論が前提とするリーマン幾何学的な視点に立てば、「有限でありながら境界が存在しない(有限無境界)」という構造が論理的に導き出される。
この概念を理解するための最も優れたメタファーは「地球の表面(2次元の球面)」である。地球の表面積は有限だが、どれほど歩き続けても「世界の端」という崖に突き当たることはなく、最終的には出発点へと戻る。これと同様に、我々の3次元空間が4次元的な曲率を持って「閉じて」いるならば、宇宙は有限の体積を持ちながら、境界を一切持たない空間となり得る。
現在の観測によれば、宇宙の「空間曲率」はほぼゼロ、すなわち「平坦」であるとされている。しかし、宇宙原理(Cosmological Principle)に基づけば、この平坦さは「巨大すぎて曲率が検出できないだけ」である可能性を排除できない。もし宇宙が観測可能な範囲を遥かに超えて巨大な閉じた宇宙であった場合、それは我々の観測技術にとって「無限に続く平坦な空間」と区別がつかないものとなる。宇宙が有限であったとしても、そこに「崖」のような端が存在しない限り、我々は限界を直接的に観測することはできない。
宇宙の全体像を把握しようとする我々の試みに決定的な終止符を打つのは、光速の制限と宇宙の加速膨張が生み出す「因果的地平線(Causal Horizon)」という絶対的な壁である 。
我々がアクセスできる情報は、宇宙誕生以来138億年をかけて光が到達できる範囲、すなわち「観測可能な宇宙」に限定される。この地平線の外側は、宇宙膨張によって光速を超える速度で我々から遠ざかっており、そこからの情報は未来永劫、我々に届くことはない。認識論的立場からすれば、因果関係が断絶された領域は「存在しないのと同義」である。
さらに、現代の宇宙論は「ハッブル定数問題(Hubble tension)」という深刻な不確実性に直面している。